注入工法の基本と実践:仕上げを長持ちさせる下地補修のコツ
「ひび割れがあるけど、どこまで直せばいいの?」「タイルの浮きって“注入”で本当に直るの?」——はじめて建設内装の用語に触れると、注入工法は特にイメージしにくい言葉かもしれません。本記事では、現場で職人が日常的に使う“注入工法”というワードを、初心者にもわかりやすく整理。どんな時に、どんな材料で、どう施工すれば失敗しにくいのかを、実務目線で丁寧に解説します。読み終えるころには、見積や打合せ、現場チェックで「どこを見れば良いか」がわかるようになります。
現場ワード(注入工法)
| 読み仮名 | ちゅうにゅうこうほう |
|---|---|
| 英語表記 | Injection method(Grouting) |
定義
注入工法とは、コンクリート・モルタル・タイル・石材などの下地や仕上げの内部に生じたひび割れや空隙(すき間)、浮き部分へ、流動性のある材料(樹脂・ウレタン・セメント系グラウトなど)をポンプやカートリッジガンで圧送・注入して充填・接着・止水・補強を行う補修工法の総称です。内装分野では、タイル・石の浮き補修、仕上げ前のコンクリートクラック補修、漏水の止水、床の局所的なレベリングや空隙充填などに広く使われます。
注入工法の目的と対象
注入の目的は「中身を埋めて、性能を回復させる」ことです。対象と目的は次のように整理できます。
- コンクリート・モルタルのひび割れ補修:低粘度エポキシでクラック内部を充填し、剛性・一体性の回復を狙う(構造的なクラックの場合)。
- 仕上げ材(タイル・石・塗り仕上げ)の浮き補修:浮いて空隙化した部分に樹脂やセメント系を入れて再接着・空隙充填。
- 止水:漏水・滲みへの対策として、発泡性ウレタンなどで水みちを塞ぐ。
- 空隙充填・レベル調整:床スラブ直下の局所空隙や、二重床・下地の沈みの補正、アンカー周りの充てんなど。
一言で注入といっても、「接着」「止水」「充填」「補強」のどれを狙うかで材料も手順も変わります。ここを曖昧にすると、硬化後に再浮き・再クラック・にじみ出しなどの不具合につながります。
材料の種類と使い分け
材料選定は注入工法の成否を左右します。代表的な種類と特徴は以下の通りです。
- エポキシ樹脂(1液/2液・低粘度〜中粘度)
- 特徴:高い接着力と硬化後の剛性。ひび割れの一体化やタイルの再接着に多用。
- 適用:乾燥したクラック、仕上げ材浮き補修。構造的なひび割れ補修に向く。
- 注意:湿潤面・水中では硬化不良の恐れ。可使時間(ポットライフ)管理が重要。
- ポリウレタン樹脂(発泡/非発泡)
- 特徴:発泡タイプは水に反応して膨らみ水みちをふさぐ止水向け。非発泡は柔軟性があり追従性が高い。
- 適用:漏水部の止水、湿潤部位の注入。
- 注意:止水はできても剛性回復には不向きな場合がある。再注入や仕上げ補修をセットで計画。
- セメント系グラウト・無収縮モルタル
- 特徴:セメントミルクからプレミックスの無収縮材まで。体積変化が少ない製品は空隙充填に有効。
- 適用:床下空隙の充填、アンカー周りの充填、躯体の大きめ空隙に。
- 注意:微細クラックへの浸透は苦手。水の管理・分離対策が必要。
- アクリル系・微粒子注入材
- 特徴:超低粘度で微細空隙に入りやすい。浸透性を活かした改修に使われることがある。
- 適用:微細なすき間の浸透固化、下地強化。
- 注意:製品ごとに性能差が大きく、適用範囲の確認が必須。
選定の考え方の基本は「目的>下地の状態>ひび幅・空隙の大きさ>含水状態>必要強度>作業条件(温度・時間)」の順に絞り込みます。例えば「構造クラックの一体化」なら低粘度エポキシ、「漏水の一次止水」なら発泡ウレタン、「床下の空隙充填」なら無収縮グラウト、といった具合です。
基本の施工手順(失敗しないための流れ)
製品や対象により細部は変わりますが、注入工法の基本フローは概ね共通しています。
- 1. 調査・計画
- ひび割れ幅・長さ・深さ、浮き範囲(打診)、含水の有無、漏水の勢いを確認し、マーキング。目的(接着、止水、充填)と材料を決定。
- 2. 下地処理
- 表面清掃、油分・脆弱部の除去。必要に応じて乾燥時間を確保。タイル浮きは穿孔位置を墨出し。
- 3. 孔あけ・パッカー設置
- クラックに対して斜めまたは直角に小径ドリルで孔あけし、パッカー(注入口)を打ち込む。タイル浮き補修は目地や目立たない箇所に微小孔を開ける方式も多い。
- 4. 表面シール(必要に応じて)
- クラック表面や孔周りをシール材でふさぎ、注入材の漏れを防止。止水では先に表面止水を施すことも。
- 5. 材料の計量・混練・脱泡
- 配合比を厳守し、均一に混ぜる。二液型は可使時間内に使い切る。必要に応じて脱泡。
- 6. 低圧・定量で注入
- 低い圧力でゆっくりと。先端から奥へ、下から上へと順序よく行う。隣のパッカーやクラックからの吐出を確認しながら進める。
- 7. 養生・硬化確認
- 所定時間養生し、硬化状態を確認。必要なら追加注入。
- 8. パッカー撤去・仕上げ復旧
- パッカーを外し、孔を補修。表面シールを除去し、塗装やタイル目地を復旧。
- 9. 品質確認
- 打診音の変化、滲みの有無、目地やクラックからのにじみ出しの有無をチェック。必要に応じて写真記録。
タイル・石の浮き補修では、穿孔径を最小化し、低粘度の樹脂を低圧で時間をかけて充填するのが基本。圧をかけ過ぎるとタイル割れや樹脂の吹き出しの原因になります。
品質確保の勘所と失敗例
「入れれば良い」ではなく「入る状態を作る」ことが品質の決め手です。現場で陥りがちな点を先に押さえておきましょう。
- 前調査が甘い
- 浮き範囲の見落とし、ひびの途中で分岐・貫通しているケースを読み違えると、注入しても別の経路に逃げて未充填に。
- 漏れ止め不十分
- 表面シールの端部からにじみ出し、所定量が入らない。端部・段差・目地の切れ目を重点的に止める。
- 圧力・速度が高すぎる
- 早く終わらせたい一心で圧を上げると、吹き出しや二次ひび割れ、タイル割れのリスクが高まる。基本は低圧・持続。
- 含水に不適合な材料選定
- 湿潤面にエポキシを打って硬化不良、粘着不足。止水や湿潤下はウレタン系や専用品を選ぶ。
- 可使時間超過・配合ミス
- 二液型は時間が経つと粘度が上がり浸透せず、未充填に。計量は秤で正確に、ロットごとに混合記録を残す。
現場での使い方
注入工法は現場会話の中で、次のような言い回し・別称で使われます。
- 言い回し・別称
- 樹脂注入/エポ注入(エポキシ樹脂注入の略)
- ウレタン注入(止水注入)
- グラウト/ミルク注入(セメントミルク・無収縮グラウトの注入)
- ピンニング(タイルの微小孔注入を指すことがある)
- 使用例(3つ)
- 「このタイル面、打診で浮いてるから、エポ注入で押さえてから目地復旧ね。」
- 「機械室の漏水は一次止水でウレタン注入、その後に表面防水を重ねます。」
- 「構造クラックは0.3mm以上あるから、低粘度エポキシでパッカー打って本注入しよう。」
- 使う場面・工程
- 下地補修工程(仕上げ前のコンクリートクラック補修、タイル・石の浮き押さえ)
- 漏水対応(一次止水としてのウレタン注入)
- 床・下地調整(空隙充填、局所レベル補正)
- 関連語
- パッカー:注入口となる金具。孔に打ち込む。
- 表面シール:漏れ防止のための仮止めシール材。
- 打診:浮きを音で判別する調査方法。
- 可使時間(ポットライフ):混合後に使用できる時間。
- 無収縮:硬化時に体積変化が少ない性質。空隙充填に有利。
必要な道具・機材
対象や材料に合わせて、次の機材を準備します。
- 注入ポンプ(手動・電動/一液・二液)またはカートリッジガン
- パッカー・ノズル・ホース一式、逆止弁
- 振動ドリル(小径ビット)、下地に応じた集じん装置
- 混練用ミキサー、計量用秤、ミキシングカップ・撹拌棒
- 表面シール材・スクレーパー・マスキング材
- 清掃用具(ブラシ、ブロワー、ウエス、溶剤適合クリーナー)
- PPE(保護手袋・保護メガネ・防毒マスク・長袖作業着)
メーカー・製品カテゴリの例
具体的な選定は現場条件と設計の指示に従いますが、日本国内で広く知られるカテゴリーメーカーの例を挙げます(例示であり、各製品の適用は最新カタログで必ず確認してください)。
- コニシ株式会社:建築用接着剤「ボンド」で知られる国内大手。エポキシ樹脂系の注入材やタイル仕上げ関連製品を展開。
- セメダイン株式会社:接着剤の老舗メーカー。建築・土木向けのエポキシ系注入材、シーリング材などを扱う。
- 太平洋マテリアル株式会社:セメント系グラウト材、無収縮モルタルなどのプレミックス製品を提供。
- タイルメント株式会社:タイル用接着剤・注入材・目地材など仕上げ関連製品を幅広く取り扱う。
機材については、注入ポンプ・パッカーは各商社経由で入手可能です。材と機材の適合(粘度・吐出量・圧力レンジ)は事前確認が不可欠です。
安全・環境配慮(必ず守りたいポイント)
注入工事は化学物質や粉体を扱うため、安全対策を標準化します。
- SDS(安全データシート)の事前確認:有害性・保管・廃棄方法を把握。
- 換気の確保:溶剤臭・VOC対策として送排気を確保。作業区画を分ける。
- 個人防護具:耐薬品手袋・保護メガネ・長袖・必要に応じて有機ガス用防毒マスク。
- 火気管理:可燃性溶剤を含む製品では火気厳禁。静電気対策も。
- 配合・可使時間の遵守:硬化不良やゲル化による配管詰まりを防止。
- 廃液・残材の処理:硬化させてから所定の方法で廃棄。下水・土壌に流さない。
ケース別の選び方ガイド
同じ「ひび」「浮き」でも条件で最適解は変わります。代表的なケースを簡易マップ化します。
- 乾燥した構造クラック(0.2〜0.3mm以上が明瞭)
- 目的:一体化・補強/推奨:低粘度エポキシ注入+パッカー工法
- 微細クラック(ヘアクラック)で仕上げ予定
- 目的:表面健全化/推奨:表層含浸・シーラーや微粒子材の浸透、必要ならフィラーと併用(注入ではなく塗布で足りるケースも多い)
- タイル・石の浮き(室内、乾燥)
- 目的:再接着/推奨:低粘度エポキシの微小孔注入(ピンニング方式)、低圧・時間管理が鍵
- 漏水(連続的な水みちがある)
- 目的:一次止水/推奨:発泡ウレタン注入→止水確認→必要に応じて表面防水や二次補修
- 床下・躯体空隙の充填
- 目的:空隙充填・沈下抑制/推奨:無収縮グラウト、配合水管理と養生を厳守
よくある質問(Q&A)
Q. シーリング充填と注入工法の違いは?
A. シーリングは表面の目地やクラックを外側から充填して防水・止塵を狙うもの。注入は内部の空隙・ひび内部まで材料を流し込み、剛性回復・再接着・止水を狙う点が異なります。目的が違うため材料も手順も別物です。
Q. ヘアクラックにも注入は必要?
A. 必要な場合と不要な場合があります。仕上げで覆う予定か、深さが浅い表層ひびなら、含浸材や下地調整で足りることも。ひびが深く連続している、あるいは仕上げ後に映り込みが懸念されるなら注入を検討します。
Q. 居ながら工事で臭いが心配。
A. 揮発臭の少ない低臭タイプや水系・無溶剤タイプの採用、作業区画の分離、強制換気、夜間作業への切替で対応可能です。事前に材料のSDSでVOC情報を確認しましょう。
Q. 冬場でも施工できる?
A. 低温では反応が遅くなり硬化不良のリスクが上がります。製品ごとの施工可能温度を厳守し、保温・前処理の乾燥時間延長・養生時間延長で対策します。低温用硬化剤を設定する製品もあります。
Q. どれくらい注入したら十分?
A. 目安は「所定箇所から連通吐出が確認でき、計画量を入れ、浮き音が消える/漏水が止まる」こと。記録として注入量・時間・吐出確認の写真を残すと客観性が高まります。
チェックリスト(現場で迷わないために)
- 目的を明確化(接着/止水/充填/補強)
- 対象の状態を記録(ひび幅・長さ・含水・浮き範囲・漏水量)
- 材料の適合を確認(含水条件・粘度・可使時間・強度・安全性)
- 試し注入で流動性と漏れ箇所を確認
- 低圧・定量・順序を徹底(下→上、奥→手前)
- 養生時間を守り、硬化確認後に復旧
- 注入量・時間・吐出ポイントを記録
まとめ
注入工法は、見えないところを直す工事だからこそ、目的の明確化と材料選定、そして丁寧な工程管理が命です。ひびや浮きの性質、含水の有無に合わせて「エポキシ」「ウレタン」「セメント系」などを適材適所で使い分け、低圧で確実に充填する——この基本が守れれば、仕上げの寿命は大きく伸び、再補修のリスクも下がります。本記事のポイントを打合せ・見積・現場監理に役立て、安心感のある改修・内装工事を進めていきましょう。









