内装職人が教える「重ね切り」完全ガイド——意味・現場での使い方・道具・安全対策まで
「重ね切りって何?どうやってやるの?」——初めて内装の現場用語に触れると、そんな疑問が出てきますよね。重ね切りは、壁紙や床のシート材を美しくつなぐための基本かつ重要なテクニック。正しく理解できれば、つなぎ目(ジョイント)が目立たず、仕上がりのクオリティが一段上がります。本記事では、現役の内装職人の視点で、重ね切りの意味・使い方・手順・失敗しないコツ・安全対策までをやさしく丁寧に解説します。初心者の方でも安心して読み進められるよう、専門用語もかみ砕いてご紹介します。
現場ワード(重ね切り)
| 読み仮名 | かさねぎり |
|---|---|
| 英語表記 | Double-cut(overlap cutting) |
定義
重ね切りとは、二枚の仕上げ材(主に壁紙や塩ビ系の長尺シート・クッションフロアなど)を意図的に重ね、その重なった部分を直定規や地ベラをガイドにして「両方まとめてカッターで同時に切り落とす」方法を指します。こうすることで、切断ラインが上下で完全に一致し、突きつけた時に目地の開きやズレ(目違い)が起こりにくく、きれいなジョイントが作れます。工場の直線エッジ同士をそのまま突きつける「突きつけ張り」と違い、現場の誤差や壁の不陸に合わせてぴったりと合わせられるのが重ね切りの利点です。
現場での使い方
言い回し・別称
現場では以下のような言い方が使われます。いずれもほぼ同じ意味で使われますが、素材や状況でニュアンスが少し異なることがあります。
- ダブルカット(英語由来の呼称、特に床シートでよく使用)
- 重ねカット/かぶせ切り(日本語の口語表現)
- ジョイント重ね切り(「つなぎ目を重ね切りで仕上げる」の意)
使用例(3つ)
- 「この壁面、ジョイントは重ね切りでいこう。地ベラ当てて下地は切らないようにね。」
- 「長尺のシート、重ねは30ミリ取って。定規でダブルカットしたらシームシーラー入れて仕上げよう。」
- 「開口まわりは一旦かぶせて重ね切りして、角は刃を寝かせて欠けないように。」
使う場面・工程
- 壁紙(ビニルクロス)のジョイント処理:柄物・無地を問わず、つなぎ目をフラットに仕上げたいときに用いる基本手法。
- 床の長尺シート・クッションフロアの継ぎ手:目地の開きを防ぎ、歩行や清掃で引っ掛からないようにするための標準的な方法。
- 入隅・出隅や柱まわり、開口部周り:一旦かぶせてから重ね切りすることで、現場の形状に沿った高精度な切り回しが可能。
- 既存仕上げ材との取り合い:巾木やサッシ枠などにぴったり合わせたい場面で、微調整しながら納めるために使用。
関連語
- 突きつけ(突き付け)張り:工場エッジ同士をそのまま合わせる方法。早いが、壁や床の不陸があると目地の開きが出やすい。
- ジョイント/シーム:仕上げ材同士が合わさる継ぎ目のこと。
- 地ベラ:壁紙用の幅広金ベラ。定規代わりに当て、下地を守りながら切るために用いる。
- 下敷きテープ/ジョイントガード:重ね切り時に下地を誤って切らないよう、切断ラインの下に敷く保護テープやシート。
- 目違い:上下面の切断ラインがずれて段差や隙が生じること。重ね切りではこれを防ぐのが主目的。
- 刃折り:カッターの刃先をこまめに折って常に切れ味を保つこと。バリや毛羽立ちの予防に必須。
重ね切りの基本手順(壁紙編)
壁紙(ビニルクロス)のジョイントで行う重ね切りの基本を、ポイントを押さえて解説します。
- 手順1:下地の確認と下準備
- 下地の段差・ビス頭・パテ痩せがないかチェック。ジョイント部に不陸があると仕上がりが目立ちます。
- 必要に応じて下敷きテープ(ジョイントガード)を貼る。石膏ボードの紙を切ると後でジョイントが開きやすくなるため保護が有効。
- 手順2:1枚目を貼る
- 墨出し(垂直ライン)を基準にシワなく貼り込み、端部は軽く押さえる。ジョイント側は強く圧着しすぎないのがコツ。
- 手順3:2枚目を「かぶせて」貼る
- 2枚目を1枚目に20〜50mm程度重ねて仮圧着。柄合わせ(リピート)がある場合は上下左右で柄を合わせてから重ね幅を決めます。
- 手順4:ガイドを当てて一発でカット
- 地ベラまたは直定規を切断ラインにしっかり当て、刃を浅く寝かせて上下の壁紙を同時に切る(1回で抜けない場合は2回に分けてもよいが、ラインをずらさない)。
- 刃は必ずシャープな状態で。硬い下地やコーナーは特に刃先が欠けやすいので注意。
- 手順5:端材の撤去と圧着
- 切り落とした上側・下側の端材を丁寧に除去し、ジョイント部を突きつけてローラーや地ベラで圧着。
- 糊だまりは拭き取り、必要に応じて軽く馴染ませる。過度に擦ると表面がテカることがあるので注意。
重ね切りの基本手順(床・長尺シート/クッションフロア編)
床材は素材が厚く硬い場合があり、壁紙とは道具や後処理が少し異なります。
- 手順1:仮敷きと重ね幅の設定
- 2枚のシートを30〜60mm程度重ねて仮敷き。柄合わせ(木目方向など)を揃える。
- 手順2:専用定規でダブルカット
- 厚物対応の長尺定規やガイド定規を使用。刃は厚物用を装着し、数回に分けて垂直に切り進める。
- 下地を傷めないよう、必要に応じて下敷き板やテープを使用。
- 手順3:接着とシーム処理
- 床用接着剤(アクリル樹脂系エマルションなど)で所定のオープンタイムを取り、貼り込み後にローラーで圧着。
- 水回りや商業施設での塩ビシートは、メーカー指定のシームシーラー(溶着剤)や熱溶接(溶接棒+熱風溶接機)で継ぎ目を処理するのが一般的。
失敗しないコツ5選
- 刃は「もったいない」を捨てて頻繁に折る:切れ味が鈍るとバリ・毛羽・裂けの原因。重ね切りは切断ライン命です。
- 刃を寝かせて浅い角度で:立て過ぎると上下で切断角がズレ、突きつけ時に目地が開きやすくなります。
- 定規・地ベラをしっかり押さえる:1mmのブレが仕上がりの差。手を滑らせない姿勢と支点づくりが大切。
- 下地を切らない工夫:下敷きテープ・板の活用、圧をかけすぎない刃運びでボード紙や下地合板の損傷を防ぐ。
- 最終圧着は「押し過ぎない」:糊だまりやテカリを防ぎ、フラットに仕上げる。ローラーは均一に。
よくある失敗と対処法
- 目地が開いた
- 原因:切断角のズレ、下地への食い込み、糊不足。
- 対処:軽度なら温風で馴染ませて再圧着、必要に応じて補修用接着剤。根本対策は刃角と定規の安定化。
- 下地まで切ってしまった
- 原因:刃の押し込みすぎ、下敷き不使用。
- 対処:壁ならパテ補修+乾燥後再処理。以後は下敷きテープを必ず使用。
- 柄がずれた
- 原因:重ね幅の設定ミス、カット前の柄合わせ不足。
- 対処:カット前に上端・中央・下端の3点で柄位置を確認するルール化が有効。
- 角部で表面が欠けた/裂けた
- 原因:刃が立ちすぎ、強引な一発切り。
- 対処:角は刃を寝かせて複数回で切る。必要なら角だけは裏当てを入れて保護。
安全対策(ケガ・事故を防ぐために)
- カッターの持ち方:人差し指は背、親指は側面、刃先は常に外向き。自分の体や相手に向けない。
- 切断経路の確保:切る方向の先に手・電線・仕上げ材端部がないか確認。周囲に「切ります」と声かけ。
- 手袋・ニーパッド:床作業では滑り止め手袋と膝当てを活用。長時間の姿勢保持で安全と精度が上がる。
- 刃の管理:折れ刃はケースに回収。散乱は重大事故につながる。
- 換気・火気:シームシーラーや接着剤使用時は換気徹底。熱溶接では可燃物を遠ざけ、養生を確実に。
必要な道具と代表的メーカー
重ね切りを確実に行うための基本ツールと、国内外の代表的メーカーを挙げます(順不同)。それぞれ内装現場で広く使用されています。
- カッター・替刃
- オルファ(OLFA):国内大手。折る刃式カッターの定番。内装向けの特専黒刃など切れ味に定評。
- エヌティー(NTカッター):精密なガタの少ない本体と多様な替刃ラインナップが強み。
- タジマ(TAJIMA):頑丈なプロ用ボディ、滑りにくいグリップが人気。
- 定規・地ベラ・ローラー
- 極東産機:壁紙施工機器の総合メーカー。地ベラ、ジョイントガイドなど内装専用ツールが豊富。
- かねかつ/その他金物メーカー:厚物対応のアルミ定規やジョイントローラーをラインナップ。
- 下敷きテープ・保護材
- 各内装副資材メーカーが提供(ジョイントガード、下敷きテープ等)。下地保護に必須。
- 接着剤・シーム処理材
- ヤヨイ化学工業:壁紙用でんぷん系・合成樹脂系の各種接着剤、内装副資材。
- コニシ(ボンド):床用接着剤(アクリル樹脂系エマルション等)を多数展開。
- 床材メーカー純正のシームシーラー:塩ビシートの継ぎ目処理用に各社指定品がある。
- 熱溶接機(床シートの熱溶接が必要な現場)
- LEISTER(ライスター):スイスの熱風溶接機メーカー。商業施設の塩ビシート溶接で広く使用。
- 床材・壁紙の代表メーカー(参考)
- サンゲツ、東リ、リリカラ、シンコール など:国内主要内装材メーカー。材質ごとの施工要領が公開されているので参照推奨。
素材別の注意点
- ビニルクロス(壁紙)
- 薄手は伸びやすく、強く引っ張るとジョイントが後で開きやすい。切断は優しく、圧着は均一に。
- エンボス(凹凸)柄は刃を寝かせ、深追いしすぎない。エンボス潰れに注意。
- 塩ビ床シート(長尺・CF)
- 厚手は数回に分けて切る。刃のこじりは禁物。
- 水廻り・店舗はメーカー指定のシーム処理(溶接・シーラー)を遵守。衛生・防水性能に直結。
- 柄物(木目・石目・大柄パターン)
- カット前に柄位置を3点(上・中・下)で確認。特に木目の通し方向はズレが目立つ。
頻出のQ&A
Q. 重ね幅は何ミリが目安ですか?
A. 壁紙は20〜50mm、床シートは30〜60mmが一般的な目安です。素材の厚みや現場状況で調整してください。
Q. 何回で切るのが正解ですか?
A. 薄手素材は1〜2回、厚手素材は2〜4回で無理なく切り抜くのが基本です。無理な一発切りはブレや欠けの原因です。
Q. 下地まで切ってしまうのを防ぐには?
A. 下敷きテープ(ジョイントガード)を仕込む、刃を寝かせる、圧を入れすぎない、定規を確実に押さえる——この4点が効果的です。
Q. 突きつけ張りと何が違う?
A. 突きつけ張りは工場エッジ同士を直接合わせるため速い反面、下地の不陸や伸縮に弱い場合があります。重ね切りは現場で上下同時に切るため、つなぎ目がぴったり合いやすく、開きや目違いを抑えやすいのが強みです。
Q. 仕上がりの線が目立つときは?
A. 光の当たり方(逆目)やエンボスの潰れが原因のことがあります。圧着の力加減を見直し、ローラーは軽く均一に。壁紙であればジョイント部の糊だまりをしっかり拭き取ることも大切です。
現場チェックリスト(作業前〜作業後)
- 作業前:下地の平滑性、墨出し、材料の順序と柄方向、道具(替刃・定規・下敷き)の準備ができているか。
- 作業中:定規の固定、刃角の一定化、刃先の管理(こまめな刃折り)、周囲の安全確保(声かけ)。
- 作業後:ジョイントの開き・段差・糊のはみ出しの有無、柄の通り、シーム処理の完了を目視・手触りで確認。
まとめ——重ね切りは「ライン管理」と「安全管理」が鍵
重ね切りは、壁紙や床シートのジョイントを美しく仕上げるための基本テクニックです。二枚を重ねて同時に切ることで上下の切断ラインが一致し、突きつけた時に隙が出にくくなります。コツは、切れ味の良い刃・ぶれないガイド・下地保護の3点セット。そして、刃を寝かせて浅い角度で一定の力で切ること。施工後の見た目だけでなく、耐久性にも関わる大切な工程なので、道具の準備と安全対策を徹底して取り組みましょう。この記事が、現場での不安を解消し、自信を持って「重ね切り」に臨むための一助になれば幸いです。









