内装現場で使う「艶消し(つやけし)」をゼロから理解する:意味・選び方・施工のコツまで丁寧解説
「図面に“艶消し”って書いてあるけど、具体的にどう違うの?」「マット仕上げは汚れやすいって聞くけれど、本当?」——そんな疑問に、現場での実務経験とリサーチに基づいてわかりやすくお答えします。この記事では、建設内装の職人が日常的に使う現場ワード「艶消し」の意味から、材料選定、施工の勘どころ、失敗しやすいポイントと対策までをやさしく整理。読み終える頃には、艶消しの仕様書がスッと読めて、現場での判断も自信をもってできるはずです。
現場ワード(艶消し)
| 読み仮名 | つやけし |
|---|---|
| 英語表記 | matte finish / flat finish |
定義
「艶消し」は、表面の光沢(つや)を意図的に抑えた仕上げを指す現場用語です。ペイント・クリア塗装・粉体塗装・金属アルマイト・シート/フィルム・タイルや人工大理石など、素材を問わず使われます。一般には60度光沢計で測定される鏡面光沢度が低い状態を指し、メーカーの基準にもよりますが、艶消しはおおむねグロス値が5〜10程度(または「フラット」と表記)を目安とします。半艶(例:5分艶=約50%)や3分艶(約30%)といった“艶の段階”と並び、内装の意匠コントロールに欠かせないキーワードです。
現場での使い方
言い回し・別称としては、「マット」「マット仕上げ」「フラット」「ノングレア」「艶ナシ」「消し」「艶消し黒(マットブラック)」などがよく使われます。金物では「艶消しアルマイト(梨地)」、木部クリアでは「ウレタンクリア艶消し」、塗装では「EP艶消し(エマルションペイント艶消し)」といった具合に、材質や塗料種とセットで呼ぶのが一般的です。
使用例(会話・指示の実例)
- 「この壁はEP艶消しで。天井は5分艶に分けて、照明の映り込みを抑えよう。」
- 「建具の框はウレタンクリア艶消し。手掛けは金物マットブラックで統一ね。」
- 「手摺ブラケットは艶ありだと浮くから、粉体の艶消し黒に変更して。」
使う場面・工程としては、主に以下のようなケースが多いです。
- 壁・天井の塗装(EP、AEP、弱溶剤系など)で、空間の反射を抑えて落ち着いた印象にしたい時。
- 木部クリア(ウレタン、アクリルなど)で木目を自然に見せたい時。手触りをしっとりさせ、指紋やギラつきを抑える意図。
- 金物・スチール(焼付・粉体塗装)で意匠を引き締めたい時。傷が目立ちにくい運用上の配慮としても選ばれる。
- 石材・タイル・人工大理石のマット仕様。床面や洗面カウンターでの照明反射を抑制。
関連語としては、「艶あり(グロス)」「半艶(7分・5分)」「3分艶」「フラットベース(艶消し剤)」「ノングレア」「梨地(表面テクスチャで艶が落ちて見える状態)」など。艶は“見え”と“触れ”を左右するため、色(明度・彩度)やテクスチャと合わせて計画・管理するのが基本です。
艶の段階を理解する(選定の基準)
艶は連続的に変化しますが、現場管理では段階表現が便利です。一般的なイメージは次のとおり(メーカーや測定値で幅があります)。
- 艶あり(グロス):鏡面に近く、光の映り込みが強い。汚れは拭き取りやすいが、傷や凹凸が目立ちやすい。
- 7分艶・5分艶(セミグロス〜サテン):程よく落ち着き、メンテもしやすい。住宅や店舗の壁・建具で多用。
- 3分艶(ローレンジの低光沢):反射を抑え、質感を出しやすい。ムラ管理に少し注意。
- 艶消し(マット/フラット):反射を極力抑制。意匠性が高いが、汚れ・擦り跡・補修ムラに要注意。
カメラ・ディスプレイで言う「ノングレア」に近い発想で、空間の眩しさや映り込みを抑える目的で選びます。ギャラリー、カフェ、ホテル、ナチュラル志向の住空間で人気です。
艶消しのメリットとデメリット
メリット
- 光の反射・ギラつきを抑え、落ち着いた空間にできる。
- 微小な下地の凹凸やローラー目が目立ちにくく、色と素材感が際立つ。
- 金物や造作の「主張」を抑え、全体の統一感を取りやすい(マットブラック等)。
デメリット
- 汚れや手垢、擦り跡(バーニッシュ痕)が相対的に目立ちやすい。特に濃色のマットは要注意。
- 補修時に艶が合いにくく、タッチアップ痕が出やすい。
- 艶ムラが起きると目立つ(下地吸い込み差、撹拌不足、塗り重ねタイミングなど)。
「汚れに強い=艶あり」「意匠性・落ち着き=艶消し」という大枠を理解し、部位と使い方に合わせて選ぶのが失敗を減らすコツです。
材質別:艶消しの考え方とコツ
壁・天井(内装塗装)
EP(エマルションペイント)やAEP(アクリルエマルションペイント)で艶消しを選ぶ場合、下地の吸い込み差が艶ムラにつながりやすいので、シーラーやフィラーで均一化するのが鉄則。クロス上や既存塗膜上でも、素地の違いをまたぐ場合は入念に調整します。ローラーは一般に短〜中毛が扱いやすく、塗り重ね条件(インターバル)を守ることで艶のバラつきを抑えられます。
木部(クリア・着色)
木部の艶消しは、木目を自然に見せるのに有効。ウレタンクリアやオイル仕上げでマットが選ばれることが多いですが、フラットベース(艶消し剤)入りのクリアは沈降しやすいので、施工中の撹拌をこまめに。メーカー規定量を超えて艶消し剤を添加すると白ボケや曇り、密着低下の原因になります。テーブル天板など高頻度接触部位は、完全なフラットより3〜5分艶が実用的です。
金属(スチール・アルミ)
焼付・粉体塗装のマットは、傷が目立ちにくく高級感が出せるため、手摺・ブラケット・サイン金物・家具脚で定番。アルミでは艶消しアルマイト(梨地)やビーズショットで反射を抑える方法もあります。現場タッチアップが難しいため、工場仕上げでの艶合わせとロット管理がカギ。搬入時の養生と手袋着用で皮脂汚れを防ぐと仕上がりが安定します。
タイル・人造石・化粧板
床タイルのマットは滑り抵抗や眩しさを緩和。ただし濃色マットは汚れが残りやすいことも。メラミン化粧板や塩ビシートのマットはテクスチャ(梨地)による視覚効果も大きく、同色でも艶ありと別物の印象になります。パーツ間で艶が混在すると違和感が出るため、見切りや金物も合わせて艶を決めるのがポイントです。
施工の基本手順と艶ムラ対策
塗装(壁・天井)の一般フロー
- 下地処理:パテ・ケレン・サンディングで素地を整える。段差やピンホールはマットでも光で拾われる。
- シーラー・フィラー:吸い込みを均一化。艶ムラ防止の要。
- 中塗り:色・膜厚を確保。指定の希釈率・乾燥時間を厳守。
- 上塗り(艶消し):同一ロットで用意し、撹拌を徹底。塗り継ぎは目立たない位置で。
艶ムラを起こしやすい要因と対策
- 撹拌不足:フラットベースが沈降。施工中も定期的に撹拌する。
- 希釈のバラつき:艶が変わる。量・溶剤種・気温条件を統一。
- 下地吸い込み差:シーラー不足や既存塗膜の違い。必ず試し塗りで確認。
- 乾燥条件:低温・高湿度・強風で艶が狂う。気温・湿度・換気を管理。
- 道具の選定:ローラー毛丈やスプレーの霧化が艶に影響。面・素材で最適化。
補修時のコツ
- タッチアップは最小面積で。ぼかし範囲を広げすぎると艶差が拡散。
- 同ロット・同条件で再現。時間が経つと艶が落ち着く(艶戻り)こともあるため、1日置きの確認を。
- 濃色マットは特に難しい。場合によっては区画単位で塗り替えたほうが綺麗。
清掃・メンテナンスの注意
艶消し面は、強い摩擦で“艶が上がる(部分的に光る)”ことがあります。清掃は以下を基本に。
- 日常:柔らかい乾拭き、または中性洗剤を薄く希釈してやさしく拭き取り。
- 禁止・注意:メラミンスポンジや研磨性クリーナーの多用は艶変化の原因。どうしても使う場合は目立たない箇所でテスト。
- 金物マットブラック:皮脂の白跡は中性洗剤で落とし、最後は水拭き→乾拭きで仕上げ。
よくある疑問Q&A
Q1:艶消しは汚れやすいの?
A:汚れ自体が付きやすいというより、汚れや擦り跡が“目立ちやすい”のが実情です。特に濃色マットは拭き跡も残りやすいので、手が触れる場所は5分艶程度にする、または清掃性の高い材料(高耐久塗料・化粧板)を選ぶと安心です。
Q2:艶ありから艶消しに現場で変更できる?
A:塗料ならフラットベースの添加や上塗りで変更可能なケースがありますが、メーカー規定量を超えた添加は不可。化粧板・金物は基本的に変更不可または再製作が必要です。事前のモックアップ・サンプル確認がおすすめです。
Q3:同じ「艶消し」でも見え方が違うのはなぜ?
A:色、テクスチャ、素材、照明条件(照射角・色温度・輝度)で見え方が大きく変わります。濃色はフラットでも輪郭が立って見え、明色は柔らかく見えやすい。最終照明下でのサンプル確認が有効です。
Q4:艶消しの数値はどこを見る?
A:塗料では60度光沢の測定値(グロス値)で表すのが一般的です。メーカーの艶区分表(艶あり/半艶/3分艶/艶消し)を確認しましょう。同じ“艶消し”でもメーカーにより基準が少し異なります。
仕様書・見積での押さえどころ
- 艶レベルの明記:艶あり/7分/5分/3分/艶消し(可能ならメーカー区分名やグロス値)。
- 塗料・仕上げ種:EP、ウレタンクリア、粉体塗装、アルマイトなど。
- 色・品番・テクスチャ:艶だけでなく表面形状も指示。
- 施工範囲・面積:補修リスクを見込んだ区画取りも検討。
- サンプル確認:最終照明条件での承認サンプルやモックアップを推奨。
代表的メーカー(例)と選定のヒント
塗料・仕上げはメーカーによって艶の表情や耐汚染性が異なります。用途に応じて適材適所で選びましょう。
- 日本ペイント:内外装向けの総合塗料メーカー。内装EPから高機能塗料まで幅広いラインアップ。
- 関西ペイント:意匠性・機能性塗料が豊富。艶調整の選択肢も多い。
- エスケー化研:内装用塗材や意匠塗材に強み。下地から上塗りまで体系化。
- 菊水化学工業:建築仕上げ材全般。内装向け水性塗料も扱う。
- 大日本塗料:金属・重防食から建築まで幅広い。金物の焼付・粉体関連でも採用例が多い。
- 和信化学工業(木部塗料):家具・造作向けウレタンや水性塗料で艶調整が可能。
ヒント:同系統の色・材料でも「艶」を合わせると空間に統一感が生まれます。逆に、床はやや艶、壁は艶消し、金物はマットブラックのように意図的に艶差をつけると、素材のレイヤーが際立ちます。
現場でのコミュニケーション例(実務フレーズ集)
- 「手垢対策で建具は5分艶、壁は艶消しにして陰影重視にしましょう。」
- 「この塗り継ぎライン、艶ムラが出やすいので、角で切って同条件で塗りましょう。」
- 「濃色マットは擦り跡が出やすいので、試験清掃の手順を共有してから引き渡します。」
- 「フラットベースの沈降があるので、上塗り中も撹拌を合図で回してください。」
- 「金物は粉体のマットブラックで統一、型番と艶記号を発注書に明記します。」
トラブル事例とリカバリー
事例1:広い面での艶ムラ
原因:下地吸い込み差、希釈のばらつき、塗り継ぎタイミングの乱れ。対応:シーラー再塗装→区画ごとに条件を揃えて再塗装。可能なら天端や見切りで面を切る。
事例2:濃色マットの擦り跡
原因:清掃で強くこすりすぎ。対応:中性洗剤で優しく全体を均一に拭き直す。改善しない場合は部分再塗装または艶調整で均す(範囲は最小限)。
事例3:木部の白ボケ
原因:艶消し剤の入れ過ぎ、乾燥不良。対応:規定量内でやり直し。塗布量・環境(温湿度・換気)を見直す。
チェックリスト:艶消しを採用するとき
- 使う部位は高頻度接触か?(→清掃性と艶レベルのバランス)
- 照明計画は?(→映り込み・眩しさ・陰影)
- 下地は均一か?(→吸い込み差対策)
- サンプルは最終照明下で確認したか?(→見え方のギャップ防止)
- 補修方針は決めたか?(→タッチアップ可否、区画替え)
用語ミニ辞典:艶消しまわりで覚えておくと便利
- フラットベース:艶を落とす添加剤。沈降・白化に注意。規定量厳守。
- グロス値:光沢度。一般に60度光沢で評価することが多い。
- 梨地(なしじ):微細なテクスチャで光を拡散させ、見かけの艶を下げる仕上げ。
- バーニッシュ(擦り艶):摩擦で部分的に艶が上がる現象。マットで起こりやすい。
- 粉体塗装:焼付けで硬い塗膜を形成。マットブラックの意匠で定番。
まとめ:艶消しは「雰囲気」と「使い勝手」のバランスが命
艶消しは、空間の雰囲気を一段引き上げる強力なカードです。一方で、汚れ・擦り跡・補修のシビアさという現実もあります。ポイントは、部位ごとに艶レベルを調整し、下地・施工条件・清掃手順を前もって整えること。図面と実物のギャップをなくすためにも、サンプル確認と現場の小さなテストを惜しまない。この基本を守れば、マットの魅力を最大限に活かしつつ、引き渡し後のトラブルもぐっと減らせます。
迷ったら、まずは「壁=艶消しor3分艶」「よく触る建具・天板=5分艶」「金物=マットブラックで統一」といった現場で評価の高い定石からスタートし、サンプルで最終調整。あなたの現場でも、艶消しを味方につけて、狙い通りの空間をつくっていきましょう。

