現場で聞く「ケミカルアンカー」をやさしく解説—仕組み・種類・施工手順・注意点まで
「ケミカルアンカーって何?」「インパクトとハンマードリルのどっちを使うの?」「いつ締めていいの?」——初めて現場で耳にすると、こうした疑問が出てくるのは当然です。この記事では、内装・設備・電気などの工事で頻出する現場ワード「ケミカルアンカー」を、ゼロから丁寧に解説。仕組み・用途・施工手順・選び方・よくある失敗と対策まで、現場で役立つ実践目線でまとめました。読み終える頃には、迷わず段取りできる自信がつくはずです。
現場ワード(ケミカルアンカー)
| 読み仮名 | けみかるあんかー |
|---|---|
| 英語表記 | Chemical Anchor / Adhesive Anchor |
定義
ケミカルアンカーは、穿孔した孔(コンクリートやモルタルなどの母材)に樹脂を注入し、そこへ全ねじボルトや異形鉄筋を挿入して接着固定する「接着系あと施工アンカー」の総称です。拡張機構で固定するメカニカルアンカー(オールアンカーなど)と違い、接着剤の硬化により母材と鋼材を一体化させるのが特徴。引張・せん断に強く、エッジからの距離が取りにくい場面や、クラックの影響を抑えたい場面、振動・騒音を避けたい室内工事で重宝されます。
基本の仕組みと種類
接着系あと施工アンカーの仕組み
ハンマードリルで所定の径・深さに穿孔し、孔内の粉じんを丁寧に除去。樹脂(レジン)を孔に充填してから、ボルトや鉄筋を回し入れて気泡を追い出し、所定時間養生させて硬化させます。硬化後は母材・樹脂・鋼材が複合体として荷重を負担し、引張やせん断、時に衝撃にも対応できます。
樹脂(接着剤)の主な種類
- エポキシ系:高強度・高耐久。高温時でも性能が安定しやすく、重荷重や構造用途向けに選ばれやすい。
- ビニルエステル系:硬化が比較的速く、耐薬品性にも配慮。屋外や幅広い温度条件で使われることが多い。
- ポリエステル系:コスト重視や軽中荷重向け。短い養生時間で進めたい軽量物の固定などに。
製品ごとに適用母材(コンクリート、ひび割れの有無、ALC、レンガなど)や温度範囲、養生時間が異なります。必ずメーカーの技術資料で適合を確認しましょう。
カプセル式と注入式
- カプセル式:ガラスカプセルやフィルムパックを孔に入れ、ボルトを回し入れると内部の樹脂と硬化剤が混合されます。一定量で便利ですが、孔径・深さ・ねじ径がカプセルと合致していることが前提。
- 注入式(カートリッジ式):二液カートリッジを専用ガンで押し出し、ミキシングノズル内で混合。孔径や深さ、注入量の自由度が高く、現場では最もよく使われます。
適用用途と荷重の考え方
代表的な用途
- 手すり・笠木の支柱、転落防止柵のベース固定
- 設備架台、ダクト・配管のハンガー、ケーブルラックの支持金物
- 看板・サイン、外部金物の取付け
- 間仕切り下地やブラケットの補強固定
- 耐震ブレースやベースプレートのあと施工固定(設計者の指示が前提)
荷重・設計で大切なこと
アンカーの耐力は、母材の強度(コンクリート強度など)、埋込み深さ、ねじ径、縁端距離、アンカー間隔、荷重方向(引張・せん断・合成)などで決まります。現場判断で「太ければ安心」とは限りません。必要耐力は設計・監理の承認図や仕様書で必ず確認し、指定がない場合は必ず設計者に相談しましょう。縁端やスリーブ近傍では割裂破壊のリスクがあるため、メーカー資料の最小縁端距離や最小ピッチを守ることが重要です。
施工手順(現場目線のやり方)
使用工具の例
- ハンマードリル(回転打撃)と適合するドリルビット
- 集じん機(可能なら穿孔時に接続)、孔内ブラシ、ブロワーまたは手押しポンプ
- 注入ガン(カートリッジ対応)、ミキシングノズル、延長ノズル
- 計測具(深さゲージ、スケール)、マーキング道具、清掃用ウエス
標準的な段取り
- 1. 位置出し:芯墨・逃げ寸法・縁端距離を再確認。既設鉄筋・配筋位置が不明な場合は、配筋探査でヒットを回避。
- 2. 穿孔:指定の孔径・深さで垂直に開ける。ビット摩耗は孔径不良の原因。集じんを併用すると後工程が楽。
- 3. 孔内清掃:粉じんが残ると強度低下。通常は「ブロワー→ブラシ→ブロワー」を複数回。湿潤孔・水中対応品でない限り、孔は乾燥状態に。
- 4. 樹脂準備:カートリッジを装填し、最初の混合不良分は試し打ちして廃棄。ノズル内の色が均一になってから本番へ。
- 5. 注入:孔底から抜きながら充填し、空気溜まりを作らない。充填量は約2/3〜満たし過ぎない(製品指示に従う)。
- 6. 挿入:ボルトや鉄筋を回しながら挿入し、孔底まで入れる。回転で樹脂が行き渡る。はみ出した樹脂は拭き取り。
- 7. 養生:指定時間は一切触れない。温度が低いほど養生は長くなる。上向き・横向きは保持治具が有効。
- 8. 固定・本締め:養生完了後に座金・ナットで金物を固定。過大なトルクでねじ抜けを誘発しないよう、指示トルクがある場合はトルクレンチで。
注意:天井(上向き)や空洞材にはスクリーンチューブやメッシュスリーブを使う指示が出ることがあります。濡れ孔・水中用は専用品を用い、それ以外では湿潤は避けます。気温5℃未満や母材が凍結している場合は施工不可の製品が多い点にも注意しましょう。
現場での使い方
言い回し・別称
現場では「ケミカルアンカー」のほか、「ケミアン」「接着系(あと施工)アンカー」「レジンアンカー」と呼ばれることがあります。設計図書では「接着系あと施工アンカー」と表記されるのが一般的です。
使用例(3つ)
- 「この金物はケミカルでM12、埋め深さ100でいこう。孔は14で。」
- 「天井ハンガーはケミアン指定。養生終わるまで吊り込みは待ってね。」
- 「エッジ近いから拡張はやめて、接着系に切り替えよう。ピッチとアンカー本数は再計算。」
使う場面・工程
新築・改修を問わず、内装下地のあと施工、設備・電気の支持金物、外装の後付け金物などで頻出します。墨出し→穿孔→清掃→注入・挿入→養生→取付の流れが基本。工程短縮のために「硬化が速い樹脂」を選ぶケースもありますが、温度や母材適合を優先します。
関連語
- メカニカルアンカー:拡張機構で固定(例:オールアンカー)。粉じんの影響を受けにくいが、縁端に弱い。
- あと施工アンカー:既存構造物にあとから施工するアンカーの総称。接着系と拡張系がある。
- スクリーンチューブ/メッシュスリーブ:空洞材や上向き孔で樹脂を保持するための補助材。
- 埋込み深さ(定着長さ):有効に力を伝える深さ。性能を左右する最重要パラメータ。
- 引張・せん断・合成荷重:アンカーに作用する代表的な荷重。設計と施工で考慮が必要。
品質確保のチェックポイント
- 孔径・深さの適合:ビット径の選定ミスは致命的。摩耗ビットにも注意。
- 孔内清掃の徹底:粉じん残りは付着不良の最大要因。ブラシとブロワーで規定回数。
- 樹脂の混合確認:ミキシングノズルから均一な色になっているか。最初の不良分は必ず廃棄。
- 温度と養生時間:母材温度・外気温で硬化時間が変わる。冬期は特に余裕を見て工程組み。
- 使用期限・保管:カートリッジの有効期限と保管温度を守る。分離や硬化不良を防止。
- 縁端距離・ピッチ:割裂やコーン破壊の抑制に必須。メーカー指針・設計指示を厳守。
- 確認試験:要求がある場合は引抜き試験器で確認。必要な立会いや記録様式を事前調整。
よくある失敗と対策
- 粉じんが残って付着不良
- 対策:清掃の回数・手順を見直し。吸引しながら穿孔、ブラシは孔径に適合したものを使用。
- 孔径・深さの間違い
- 対策:穿孔前に「ねじ径・推奨孔径・埋込み深さ」を口頭復唱。深さゲージで逐次確認。
- 充填不足・過充填
- 対策:延長ノズルで孔底から充填。製品資料の目安量を参照し、はみ出しは拭き取り。
- 低温で硬化が進まず作業停止
- 対策:低温対応品を選ぶ、カートリッジを室内で保温、工程に余裕を持たせる。
- 縁端が近くコンクリートが欠けた
- 対策:設計再確認。小径多本数や配列変更、ケミカルのままでも縁端距離を確保する。
- 既設鉄筋にヒット
- 対策:配筋探査を実施し、位置を微修正。ヒット時は無理に進めず指示を仰ぐ。
選び方のポイント(現場で迷わないコツ)
- ねじ径・埋込み深さ:必要耐力から設計が決める要素。指定がない場合は必ず確認。
- 母材と条件:ひび割れの有無、湿潤孔の可否、上向き・横向き、屋内外などで製品適合が変わる。
- 樹脂の種類:高強度重視ならエポキシ、スピードと汎用性ならビニルエステル、軽荷重ならポリエステルなど。
- 施工環境:気温・時間・臭気制限。短工期や病院・商業施設では低臭・速硬化タイプが有利な場合も。
- 必要な認証・資料:設計・監理が求める性能証明(技術資料、試験データ、認証)を事前に確認。
- 付属品と道具:ミキシングノズル、延長ノズル、スクリーンチューブ等の有無。対応ガンの手配も忘れず。
代表的なメーカーと特徴
製品選定は現場の条件と設計要件が最優先ですが、国内現場でよく目にする代表例を挙げます(順不同)。詳細は各社の最新技術資料をご確認ください。
- ヒルティ(HILTI):接着系・拡張系ともにラインアップが豊富。設計支援ツールや技術資料が充実し、重荷重・特殊条件向けの選択肢も多い。
- サンコー・テクノ:国内での流通が広く、現場での入手性が高い。施工要領書やカタログがわかりやすく、内装・設備分野でも採用例が多い。
- ウルト(Würth):産業・建築向けのケミカルとファスナーを展開。施工アクセサリー(ノズル、ガン)も併せて手配しやすい。
メーカーや品番が指定されている案件では、代替可否や性能同等の条件を必ず監理者と事前協議してください。
法規・基準と資格の目安
あと施工アンカーは安全・品質に直結します。構造上重要な用途では、設計者の計算・承認、施工計画書、品質記録が求められるのが一般的です。技術情報やガイドラインは、一般社団法人 日本建築あと施工アンカー協会(JCAA)などの資料が参考になります。施工者向けの講習や資格制度も整備されているため、担当範囲や案件難易度に応じて受講を検討すると安心です。海外規格(例:ETAなど)の評価を根拠資料として用いるケースもありますが、日本の案件では設計・監理の求める根拠に従うことが大前提です。
ケース別の実践アドバイス
内装下地のあと施工(軽量間仕切り等)
荷重は比較的軽く、ピッチや本数で調整しやすい領域。粉じん残りによる付着不良が一番の敵です。集じん併用・ブラシ清掃の徹底で手戻りを防止。スケジュールがタイトなら速硬化タイプも検討。
設備・電気のハンガー支持
上向き施工が多く、樹脂の垂れ対策が課題。上向き対応の樹脂やスクリーンチューブ、保持治具を活用。養生完了前に重量物を吊らない段取りが重要です。吊りボルトの長さとナットの効かせ代も確認。
外部金物・サイン
温度・湿気・紫外線など環境ストレスが増える領域。耐候性・耐薬品性を考慮した樹脂を選定。雨天時・湿潤孔での施工は適合品に限定し、養生時間は余裕を見ます。定期点検・締結部の緩みチェックも計画に入れておくと安心です。
ミニ用語辞典(周辺ワード)
- 有効埋込み深さ:メーカーが性能評価に用いる基準深さ。浅いと耐力が低下。
- コーン破壊:引張荷重で母材が円錐状に割れて抜ける破壊モード。縁端距離やピッチ不足で起きやすい。
- 割裂破壊:縁端が近い、配筋に沿って割れるなどの破壊。拡張系で顕著だが接着系でも条件で発生。
- 引抜き試験:所定荷重まで載荷し、変位・破壊の有無を確認。現場条件のばらつきを把握できる。
- スクリーン(メッシュ)スリーブ:中空材・ALC・上向き孔で樹脂を保持し付着面積を確保するアクセサリー。
チェックリスト(着工前〜引渡し)
- 図面・仕様でアンカー種別・径・埋込み・本数・配列・認証要件を確認
- 母材強度・縁端距離・配筋状況を事前確認、必要に応じて探査
- カートリッジの有効期限・保管温度、必要本数、ノズル・ガンの手配
- 清掃具(ブラシ・ブロワー)と集じん機の準備、ビット径の新品確認
- 試し打ち・混合確認・養生時間の共有、養生中の立入禁止措置
- 必要な場合の引抜き試験計画、写真・記録のフォーマット手配
Q&A(初心者がつまずきやすいポイント)
Q. インパクトドライバーで孔は開けられますか?
A. いいえ。穿孔はハンマードリル(回転打撃)を使用します。インパクトはねじ締結用です。
Q. どのタイミングでナットを締めていい?
A. 養生完了後。気温・母材温度に応じた硬化時間を守りましょう。冬場は特に長くなります。
Q. ひび割れコンクリートでも使える?
A. ひび割れ条件に対応した製品を選べば可能な場合があります。対応可否はメーカー資料で要確認。
Q. 余った樹脂は次回に再使用できる?
A. カートリッジ本体は可能でも、使用済みノズルは硬化しているため交換が必要。保管温度・期限も厳守。
まとめ(これだけ押さえれば大丈夫)
ケミカルアンカーは、あと施工で確実に金物を固定できる強力な工法です。ポイントは「適合する製品選定」「孔内清掃の徹底」「正しい注入と養生」「縁端距離・埋込みの遵守」の4つ。現場では便利な一方、手順を省くと強度が一気に落ちる“正直な工法”でもあります。設計・監理の指示とメーカーの施工要領に忠実に、写真・記録も残しながら、安心・確実な施工を心がけましょう。初めてでも、ここに書いた段取りを踏めば、明日の現場で「任せて」と言えるはずです。









