現場でよく聞く「カチオン」をやさしく解説—意味・使い方・選び方まで
はじめて現場に入ると、先輩から「ここはカチオン入れといて」「床はカチオンで拾ってからね」といった指示が飛んできますよね。聞き慣れないと「カチオンって何?シーラーやプライマーと何が違うの?」と不安になるもの。この記事では、内装・塗装・床仕上げの現場で日常的に使われる現場ワード「カチオン」を、基礎から実務レベルまでやさしく解説します。仕上がりの差やトラブル回避に直結するポイントも具体的に整理するので、読み終わる頃には自信を持って選べる・使えるようになります。
現場ワード(カチオン)
| 読み仮名 | かちおん |
|---|---|
| 英語表記 | cation |
定義
建設内装の現場で「カチオン」と言うと、一般に「カチオン(陽イオン)性の樹脂を用いた下地材」の総称を指します。代表例は「カチオン系シーラー/プライマー(塗装・防水の下塗り)」や「カチオン系下地調整材(床の樹脂モルタル)」です。カチオン(+)は多くの鉱物系下地(コンクリート、モルタル)や劣化した旧塗膜表面(-寄り)に電気的に引き付いて密着しやすい性質を持ち、粉っぽい下地の固化・吸い込み止め・付着力の向上に使われます。要するに、「下地を落ち着かせて、次工程をしっかり食わせる」ための頼れる下地材のことです。
現場での使い方
言い回し・別称
現場では以下のように呼ばれることが多いです。どれも意味はほぼ同じですが、対象や形態が少しずつ違います。
- カチオン/カチオン系(総称)
- カチオンシーラー(塗装の下塗り・吸い込み止め・密着向上)
- カチオンプライマー(上塗りや接着剤のための密着下地)
- カチオンフィラー(下地調整と下塗りを兼ねるパテ状・微弾性系など)
- カチオン系下地調整材/カチオンモルタル(床の不陸・段差補修に使うポリマーセメントモルタル)
使用例(会話イメージ3つ)
- 「この壁、チョーキングひどいから、先にカチオンで止めといて。乾いたら中塗り入れるよ。」
- 「長尺前だから、床はカチオンの樹脂モルタルで不陸拾って、養生見てからプライマー→接着の流れで。」
- 「既存塗膜の上に仕上げるから、カチオン系プライマーで食わせてから上塗りね。希釈と乾燥は基準通りで。」
使う場面・工程
用途ごとに典型的な工程を整理します。
- 内外装塗装(壁・天井):
- 下地調整(洗浄・ケレン・清掃)→カチオンシーラー/プライマー→中塗り→上塗り
- 狙い: 粉化面(チョーキング)の固化、吸い込みの均一化、旧塗膜への密着向上
- 床仕上げ(長尺シート・タイル・塗り床前):
- 下地調整(はつり・清掃)→カチオン系ポリマーセメントモルタルで段差/不陸補修→乾燥→プライマー→接着剤→仕上げ材
- 狙い: 不陸調整、脆弱面の補強、仕上げの密着確保
- 防水・左官:
- 多孔質下地の吸い込み止め、付着改善のプライマーとして
関連語
- シーラー(sealer): 吸い込み止め・下地の固化に重点
- プライマー(primer): 次に来る材料を密着させる「のり」
- フィラー(filler): 目つぶし・凹凸調整の充填寄り
- ポリマーセメントモルタル: 樹脂(ポリマー)で強化したモルタル。カチオン系も含む
- アニオン/ノニオン: 陰イオン/非イオン系。相性問題の会話で出ることあり
- チョーキング: 旧塗膜が粉を吹いて触ると白くなる劣化
なぜ「カチオン」が効くのか(仕組み)
カチオン系樹脂はプラスに帯電しやすく、マイナス寄りの下地表面(鉱物系や劣化塗膜の官能基、微細な粉体)に電気的に引き寄せられます。これにより界面密着が良くなり、粉っぽさを固めて上塗りや接着を安定させます。さらに水性タイプが多く、臭気や溶剤リスクが比較的低いのも現場で好まれる理由です(ただし、すべてが無臭・低リスクという意味ではありません。製品安全データシートに従ってください)。
よくある勘違いと正しい理解
- 「カチオンならどこにでも塗れる」は誤り:
- 油分・レイタンス・剥離粉じんが残る面、含水率が高すぎる面、相性NGの旧塗膜などは密着不良の原因。前処理が最重要です。
- 「カチオン入れれば厚塗り補修もOK」は場合による:
- シーラーは膜厚を稼ぐものではありません。段差・不陸はカチオン系の下地調整モルタル(ポリマーセメント)など適材で。
- 「乾いて見えた=次工程OK」も要注意:
- 見た目が乾いても内部が乾いていないとトラブルに。所定の養生時間・温湿度条件を守ること。
選び方(失敗しないチェックポイント)
- 基材の種類を確認:
- コンクリート、モルタル、ボード、既存塗膜(金属・木部は製品適合を必ず確認)
- 目的を明確に:
- 吸い込み止め・粉止め・密着改善が主目的ならシーラー/プライマー。段差/欠け補修や面調整ならカチオン系モルタル。
- 上塗り材・接着剤との相性:
- 塗装の上塗りや床材の接着剤と「適合一覧(同一メーカー推奨)」を必ず照合。異種の組み合わせは自己判断しない。
- 施工環境:
- 気温・湿度・含水率・風通し。低温高湿では乾きにくく、夏場は可使時間が短くなることも。
- 臭気/VOC/環境配慮:
- 居室改修や営業時間内施工では水性・低臭タイプが無難。法令・施設ルールも確認。
施工のコツと注意点(プロの勘どころ)
- 前処理で仕上がりの8割が決まる:
- ケレン(脆弱部の除去)、洗浄、バキューム清掃を丁寧に。粉じん・油分はカチオンでも嫌います。
- 希釈・塗布量は「基準内」で:
- 薄めすぎは効果低下、塗りすぎは乾燥遅延やムラの原因。製品の指定塗布量を守る。
- 道具選定:
- シーラー/プライマーはローラー/刷毛/スプレー。床用モルタルはミキサーで均一練り→コテで押さえ、端部はコテ当たりを軽く。
- 乾燥確認:
- 指触・テープテスト・色味変化(乳白→透明化するタイプもある)など、メーカー推奨の確認方法で。
- 試し塗りの徹底:
- 改修現場は「同じ下地がない」のが普通。小面積で事前確認を。
よくある失敗とリカバリー
- 密着不良(上塗り・仕上げの剥離):
- 原因: 粉じん残り、含水率過多、乾燥不足、相性不適合
- 対処: 剥離部撤去→下地再調整→基準に沿って再施工。相性は適合表を再確認。
- 白化・ムラ・艶ムラ:
- 原因: 乾燥不十分で上塗り、塗布量ムラ、吸い込み差
- 対処: 充分乾燥→必要に応じて再シーラー→仕上げ再塗装
- 床の段差再発・目ヤセ:
- 原因: 下地調整モルタルの練り不足、施工環境不適、養生短縮
- 対処: 収まりを見て再補修。厚塗りが必要なら材料設計を見直す。
用途別の使い分け早見
- 壁・天井の粉っぽさを止めたい→水性カチオンシーラー
- 旧塗膜の上に塗り重ねたい→カチオン系プライマー(適合上塗りを確認)
- 微細なクラックや目つぶしを兼ねたい→カチオン系フィラー(製品の弾性・肉持ちを確認)
- 床の不陸・段差補修→カチオン系ポリマーセメントモルタル
安全・衛生と法令順守
- 換気・保護具:
- 水性でも蒸気や粉じんの吸入は避け、手袋・保護メガネ・マスクを着用。
- 温湿度管理:
- 結露面・降雨時・基準外温度での施工は避ける。指示に従い養生時間を確保。
- 保管・廃棄:
- 直射日光・凍結を避けて保管。余材・洗浄水・固化物は地域ルールとSDSに沿って適正処理。
代表的なメーカー・製品カテゴリの目安
「カチオン」は製品名ではなく性質・カテゴリ名です。塗装用のカチオン系シーラー/プライマーは国内大手塗料メーカー各社(例: 日本ペイント、関西ペイント、エスケー化研 など)から多数ラインアップがあります。床の下地調整向けのカチオン系ポリマーセメントモルタルも、左官材・床材を扱う主要建材メーカー各社から供給されています。現場では「同一メーカーで上塗りや接着剤までシステム化」すると相性トラブルを避けやすいので、適合表を確認しながら選ぶのがおすすめです。
ケーススタディ(改修塗装・床仕上げ)
改修塗装(居室・ボード上既存水性塗膜)
- 診断: 触ると手に粉が付くチョーキング。ヘアークラックなし。
- 手順: ケレン・清掃→水性カチオンシーラー→上塗り2回(適合品)
- ポイント: 吸い込みが止まり、発色・ツヤが揃う。臭気配慮のため営業中は水性を選択。
床(長尺シート貼り)
- 診断: モルタル下地の不陸2〜3mm、エッジ欠け多数。
- 手順: はつり・清掃→カチオン系ポリマーセメントモルタルで不陸調整→乾燥→プライマー→接着→圧着・転圧→シール
- ポイント: 端部はコテでしっかり押さえ、乾燥を待ってから接着。急ぎで詰めると後の目ヤセにつながる。
FAQ(よくある質問)
- Q. エポキシ系プライマーと比べてどう違うの?
- A. エポキシは重防食・金属・高付着が得意で強力ですが、条件や扱いがシビアな場面も。カチオンは水性が主流で粉止めや旧塗膜への食いつきに強く、改修現場で扱いやすいことが多いです。基材や上塗りに合わせて適材適所で使い分けます。
- Q. 石膏ボードやクロスの上にも使える?
- A. 石膏ボードは適合製品なら可。ただし素地の処理が前提。クロス上は種類・状態により差が大きく、剥離リスクがあります。原則は撤去・下地調整のうえで施工。どうしても残す場合はメーカーの適合・試験施工が必須です。
- Q. 乾燥時間はどれくらい?
- A. 製品・環境で大きく変わります。目視や指触だけに頼らず、必ず製品仕様書の養生時間・温湿度条件を守ってください。
チェックリスト(現場で迷ったら)
- 下地は清掃・ケレン・含水率チェックまで済んだ?
- 目的(粉止め/密着/不陸補修)に合った「カチオンの種類」を選んだ?
- 上塗り・接着剤との適合は確認済み?同一メーカーで統一できる?
- 希釈・塗布量・乾燥時間は仕様書通り?
- 小面積で試し塗り・剥離テストをした?
まとめ
現場でいう「カチオン」は、下地を安定させて次工程の密着を高めるための“要”となる下地材の総称です。塗装ではシーラー/プライマーとして粉止めと食いつきを、床ではポリマーセメントモルタルとして不陸補修と基層の強化を担います。大切なのは「前処理の徹底」「目的に合うタイプ選定」「相性確認」「基準どおりの施工」。この4点を守れば、仕上がりが安定し、剥離やムラといったトラブルを大きく減らせます。今日からは「ここはカチオンが効く場面か?どのタイプが最適か?」を意識して、現場の品質と段取り力を一段引き上げていきましょう。









