インサートナットをやさしく解説—意味・種類・現場での使い方と選定のコツ
「インサートナットって、インサートと何が違うの?」「天井の吊りボルトで聞くけど、実際どう選べばいい?」——建設内装の現場に初めて入ると、こうした疑問がよく出てきます。この記事では、現場でよく飛び交う“インサートナット”という言葉の意味から、使いどころ、選び方、失敗しない施工のポイントまで、はじめての方にもわかりやすく整理して解説します。読後には、職人同士の会話についていけるようになり、図面を見る目や材料選定の判断力もきっと上がります。
現場ワード(インサートナット)
読み仮名 | いんさーとなっと |
---|---|
英語表記 | insert nut / embedded insert / threaded insert |
定義
建設内装現場で「インサートナット」と呼ばれるものには、実務上おもに2通りの意味があります。1つめは、コンクリート躯体に埋め込んで雌ねじを用意する“埋込みタイプ(吊りインサート)”。天井の吊りボルト、空調ダクト、配管、ラックなどの支持点として使う金具で、現場では単に「インサート」と呼ばれることが多いです。2つめは、木材や薄板、樹脂などの母材に雌ねじを作るための“ねじ込みタイプ(鬼目ナットなど)”。家具や造作、什器の着脱部に使われ、こちらも“インサートナット”と総称されます。文脈によって指す対象が異なるため、現場では「天井側のインサート(=埋込みタイプ)」なのか「木部のインサート(=鬼目ナット等)」なのかを確認するのが基本です。
現場での使い方
言い回し・別称
現場でよく使う言い回しや別称をまとめます。意味の取り違えを防ぐための目安にしてください。
- インサート/吊りインサート/埋込みインサート:コンクリート躯体に埋め込まれている雌ねじ金具を指すことが多い言い方。
- あと施工アンカー:既に硬化したコンクリートにあとから施工するアンカーの総称(インサートとは別物だが、代替で使うケースがある)。
- 鬼目ナット(おにめナット):木部用の代表的なインサートナット。外周のギザ(ローレット)で抜けにくくするタイプ。
- 樹脂用インサート(熱圧入インサートなど):樹脂部品に熱で圧入して雌ねじを形成するタイプ。
使用例(会話例3つ)
- 「このスパン、M8で足りる? 吊りインサートのピッチ拾って、天井ハンガー割り付けしよう。」
- 「既存スラブにインサートが無いから、今回はあと施工アンカーで対応。荷重計算して径を見直して。」
- 「造作カウンターの受けは鬼目ナットで。下穴は規格どおりで、面一仕上げね。」
使う場面・工程
埋込みタイプ(吊りインサート)は、新築のコンクリート打設時にあらかじめ設置されます。内装工事では、墨出し→吊りボルト(全ネジ)立て→ハンガー・野縁受け等の取り付け、といった天井下地工程で活躍します。改修や増設で躯体側にインサートが無い場合は、あと施工アンカー(ケミカル/メカニカル)で代替します。一方、木部や造作では、取り外し前提の固定点や、ビス止めでは耐久性が不足する箇所に鬼目ナット等を使います。
関連語
- 全ネジ(寸切りボルト)/吊りボルト:インサートにねじ込む長ねじ。
- あと施工アンカー:ケミカルアンカー、打込み式アンカーなどの総称。
- ハンガー・野縁受け・Cチャン・軽量鉄骨(LGS):天井下地の構成部材。
- 引抜荷重/せん断荷重:支持点に作用する荷重の向き。
- ピッチ拾い(インサート拾い):躯体のインサート位置を確認・採寸する作業。
インサートナットの種類と構造
コンクリート用(埋込みタイプ)
コンクリート打設時に型枠へ仮固定して埋め込む金具。脱型後に内部の雌ねじへ吊りボルトをねじ込んで使用します。ねじ径(例:M6、M8、M10、M12)とともに、埋込み深さや許容荷重が製品ごとに定められているのが一般的です。防錆のために溶融亜鉛めっきやステンレス仕様を選べるものもあります。
木材・合板用(鬼目ナット等)
外側に突起やねじ状の山を持ち、下穴にねじ込むことで母材側に雌ねじを形成します。六角レンチやドライバーで施工でき、繰り返しの着脱が想定される部分に向いています。家具・什器・内装造作の固定点に広く使われます。
樹脂・薄板用(圧入・かしめタイプ)
熱で圧入する樹脂用インサートや、薄板にかしめて固定するナット(リベットナット等)も“インサートナット”の一種として扱われます。軽量で抜き差しの多い部位や、薄板でタップが切れない箇所に有効です。
規格・サイズの目安
現場でよく登場する口径はM6〜M12。天井ハンガーや軽量下地ではM8・M10がスタンダードです。許容荷重は製品ごとに異なるため、設計の荷重条件(自重+設備荷重+地震時の増加荷重等)を見て、メーカーのカタログ値に照らして選定します。屋外や多湿環境、厨房のような腐食環境では、表面処理や材質(ステンレス等)に留意します。
選び方(失敗しない基本)
1. 母材を先に決める
コンクリートか、ALCか、木か、樹脂かで適切なインサートナットは変わります。コンクリートで“あとから”支持点を増やす場合は、埋込みインサートではなく、あと施工アンカーを検討します。
2. 荷重の向きと大きさを確認
引抜荷重(真下に引っ張る)とせん断荷重(横方向にずれる)のどちらが支配的かで選定が変わります。荷重が不明確な場合は、設備図や天井伏図の重量を確認し、安全側の口径を採用します。
3. 環境条件を考慮
屋内でも結露が起きやすい機械室や浴室周辺は防錆対策が重要です。火気制限、施工スペース、上階の配筋・スリーブとの干渉も事前にチェックします。
4. 施工タイミングを確認
新築の打設前なら埋込みインサートが確実。既存躯体への追加はあと施工アンカー。現場では「そもそも埋め込みか、あと施工か」を最初に切り分けると迷いません。
施工手順とコツ(コンクリート埋込みタイプ)
新築(打設時)の基本手順
- 計画:吊り点の位置とピッチ、口径を設計・施工図で確定。
- 型枠固定:型枠大工と連携し、指定位置へ治具で仮固定。水平・直角を確認。
- 保護:コンクリート流入防止のキャップ・テープを確実に施す。
- 打設:振動で位置ズレしやすいので、締固め時に監視する。
- 脱型・清掃:キャップを外し、雌ねじ内のモルタルかぶりを除去。試しねじ込みで通りを確認。
よくある失敗は「位置ズレ」「ねじ穴へのコンクリ流入」「露出不足」。事前の固定と保護、脱型直後の清掃で多くが防げます。
既存躯体でインサートが足りない場合
“インサートを増やす”という発想ではなく、あと施工アンカーで代替します。コンクリートの健全性、かぶり厚、鉄筋探査、穿孔径・深さ、施工者資格など、使用するアンカーの仕様と施工基準に従います。荷重試験が必要な場合は現場管理者と調整しましょう。
位置出しのコツ(インサート拾い)
- 図面合わせ:天井伏図・インサート配置図があれば最優先で参照。
- 実測:レーザー・スケールで割付け、躯体基準(通り芯・スラブ端)からの距離で探す。
- 可視化:キャップやマーキングが残っていれば再利用。無い場合は、試しねじ込みで位置確定。
施工手順とコツ(木部・鬼目ナット)
- 下穴加工:製品の指定径で垂直に下穴を開ける(過大・過小は抜け・割れの原因)。
- 挿入:六角レンチや専用工具でゆっくりねじ込む。面一仕上げが基本。
- 固定:ねじ込み完了後、ボルトを仮入れして通りとガタつきを確認。
割れ防止のため、端部からの距離や板厚の余裕を確保します。必要に応じて木工用接着剤を薄く併用しますが、過量はねじ部の固着や後のメンテ支障になるため注意します。
チェックリスト(現場での確認ポイント)
- 用途と母材:コンクリート埋込みか、木・樹脂のねじ込みか。
- ねじ径:M6/M8/M10/M12など、周辺金物の規格と合わせておく。
- 荷重:許容荷重表で確認。耐震補強の有無も考慮。
- 防錆・防火:環境条件と仕様書の要求に適合しているか。
- 位置:割付図どおりか。配管・設備との干渉はないか。
よくあるトラブルと対策
コンクリート流入でボルトが入らない
脱型後すぐに雌ねじ内を清掃し、タップや専用のねじさらい工具で整える。無理なねじ込みは雌ねじ破損の原因。
位置が合わずハンガーが付かない
割付の再確認。許容できる範囲ならハンガー金物で調整、無理な場合は設計と協議のうえ、あと施工アンカーで吊り点を増設。
鬼目ナットが空転する・抜ける
下穴の径が大きすぎる可能性。規格の下穴径を守り、母材の板厚を見直す。必要に応じて別タイプ(外径大・段付き・フランジ付き)に変更。
メーカー例(代表的な取り扱い)
以下は日本国内でアンカー類やインサートナット類を扱う代表的なメーカー・商社の一例です。品番や仕様は各社カタログで必ず確認してください。
- サンコーテクノ株式会社:あと施工アンカーをはじめとする躯体用アンカー製品で広く知られるメーカー。吊り点の設計・施工に関する技術資料が充実。
- ユニカ株式会社:コンクリートドリルやアンカー類を展開。穿孔工具と併せた現場提案に強み。
- 若井産業株式会社:建築・内装向けのアンカー、ねじ、ビス類を幅広く展開。
- 八幡ねじ(株式会社ハチマン):鬼目ナットなどの一般締結部品の流通でおなじみ。入手性が良い。
- ダイドーハント株式会社:木部用金物・ねじ類のラインアップが豊富。造作現場で使いやすい規格がそろう。
- 日東精工株式会社:樹脂用インサートや工業用締結ソリューションを展開。量産部材の品質管理に強み。
用語の押さえどころ(用語辞典ミニ)
- インサート(吊りインサート):コンクリート打設時に埋め込む雌ねじ金具。
- あと施工アンカー:硬化後のコンクリートへ施工するアンカーの総称。ケミカル/メカニカルがある。
- 鬼目ナット:木材などにねじ込んで雌ねじを作るインサートナット。家具・造作で多用。
- 全ネジ(寸切り):全長にわたりねじが切られた棒。インサートにねじ込んで吊り材とする。
- 引抜荷重・せん断荷重:支持点に作用する荷重の向き。選定時に必ず確認。
現場の実践テク(ちょっとしたコツ)
- 天井下地の仮組前に、全ての吊り点へ短いボルトを軽くねじ込んでおくと、位置確認とねじの通りチェックが一度にできる。
- インサート位置は通り芯からの距離でメモし、墨に転記。後続職種とも共有して干渉を予防。
- 腐食環境では、ボルト・ナット・ハンガー金物までトータルで材質・表面処理をそろえる(異種金属接触腐食の回避)。
Q&A(初心者の疑問に答えます)
Q. インサートとアンカーは同じですか?
A. 厳密には違います。インサートは打設時に埋め込む金具、アンカーは硬化後に施工するもの(あと施工アンカー)。用途が似ていて代替する場面はありますが、設計思想と施工基準が異なります。
Q. 天井吊りならM8とM10どちらが一般的?
A. 現場ではM8・M10がよく使われます。どちらが適切かは荷重・ピッチ・天井仕様で決まります。迷ったら設計条件とメーカー許容荷重を確認し、安全側で選定を。
Q. 既存スラブにインサートが見当たりません。どうすれば?
A. 図面を確認し、それでも無い場合はあと施工アンカーで吊り点を設けます。鉄筋探査や穿孔条件など、基準どおりの手順で施工してください。
Q. 鬼目ナットがすぐ抜けます。
A. 下穴径・板厚不足・端部からの距離不足が疑われます。規格に合う下穴でやり直し、必要なら外径の大きいタイプやフランジ付きタイプに変更してください。
まとめ
“インサートナット”は、コンクリートに埋め込む吊り点用の金具(吊りインサート)と、木・樹脂などに雌ねじを作る部品(鬼目ナット等)の双方を指す現場ワードです。まずは「どの母材で、どんな荷重を、いつのタイミングで施工するのか」を整理し、正しい種類・口径・仕様を選ぶことが失敗しない一番の近道。新築なら埋込み、既存ならあと施工アンカー、造作なら鬼目ナット——この基本の切り分けを押さえておけば、現場判断は格段にスムーズになります。困ったときは必ずメーカーのカタログ値・施工基準を参照し、必要に応じて現場管理者・設計と相談しましょう。そうした一つひとつの確認が、仕上がりと安全性を確実に高めてくれます。