吊りボルトの基礎知識:天井や配管を支える必須パーツを現場目線で解説
「吊りボルトって、何に使うの?サイズはどう選ぶの?」——はじめて建設・内装の現場用語に触れると、似た言葉が多くて戸惑いますよね。この記事では、現場で毎日のように飛び交う「吊りボルト」というワードを、プロの施工目線でやさしく解説します。役割、使い方、選び方、注意点までひととおり押さえられるので、読み終えたころには図面や打合せでの会話がグッと理解しやすくなるはずです。
現場ワード「吊りボルト」
読み仮名 | つりボルト |
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英語表記 | suspension threaded rod(hanger rod) |
定義
吊りボルトは、天井下地、ダクト、配管、電気ラックなどを上部の躯体(スラブや梁)から吊り下げて支持するための「全ねじ棒(スレッドロッド)」のこと。天井側ではインサートやアンカーにねじ込み、下側でナット・座金・クリップ金具などと組み合わせて対象物をしっかり固定します。現場では「吊り」「全ネジ」「3/8(サンパチ)」と略して呼ばれることもあります。
現場での使い方
言い回し・別称
現場では以下のような言い回しが定番です。
- 「吊りボルト」「吊り」「全ネジ」:ほぼ同義で使われがち
- 「3/8(サンパチ)」:W3/8サイズのことを指す略称
- 「吊り出し」「ボルト落とし」:上部から吊りを出す作業のこと
- 「吊り増し」:支持点を追加して強度・安定を上げること
使用例(会話)
- 「この教室、天井高2,700だから、3/8で吊り出し300本用意しといて」
- 「ダクトが重いから、このスパンだけM10に吊り増ししよう」
- 「あと施工アンカーでボルト落として、Cチャンはハンガークランプで受けてね」
使う場面・工程
- 天井下地工事:インサート位置出し→吊りボルト設置→受け(Cチャンなど)組み→レベル調整→野縁・仕上げへ
- 設備(空調・衛生)工事:ルートに合わせて支持点墨出し→アンカー打ち→吊りボルト→ハンガー金具→ダクト・配管据付
- 電気設備工事:ラック・ダクト支持、照明器具用補強等の吊り支持
関連語
- インサート(埋込み金具)、あと施工アンカー(オールアンカー、ケミカルアンカー)
- ナット・座金、ダブルナット、スプリングワッシャ
- Cチャン(C形鋼)、ハンガークランプ、振れ止め、ターンバックル
- W(ウィット)ねじ、M(メートル)ねじ、ワンサイド金具、レベル
吊りボルトの役割と基本構造
何を支えるの?
吊りボルトは「上から支える」ための縦材です。天井の骨組み(天井受け)、空調ダクト、配管、トレイ・ラックなどを、上部の躯体に確実に固定します。荷重をまっすぐボルトに流すことで、仕上げ面に荷重が伝わらず、揺れやたわみを抑え、耐久性と安全性を高めます。
どんなパーツと組み合わせる?
基本の組合せは「躯体側の固定金具(インサート/アンカー)+吊りボルト+ナット・座金+受け金具(Cチャンなど)」です。調整が必要な場面では、ターンバックルやレベルアジャスターを追加し、微妙な高さを追い込みます。
種類(材質・表面処理・ねじ規格)
材質
- 一般鋼(鉄):最も一般的。屋内乾燥環境での天井下地や電設支持に広く使用。
- ステンレス(SUS):湿気・腐食環境、厨房や屋外周辺などで使用。価格は高め。
表面処理
- ユニクロ(三価クロメートなど):屋内標準。防錆とコストのバランスが良い。
- 溶融亜鉛めっき(ドブめっき):高い防錆性が必要な場所に。
ねじ規格と呼び方
- W(ウィット)ねじ:W3/8(通称サンパチ)が天井下地で定番。対応金具が豊富。
- M(メートル)ねじ:M8、M10、M12など。設備や重量物で使われることが多い。
現場では、同じ径でも「W」と「M」が混在すると金具が合わないことがあるため、図面・手配・現場指示で規格を明確にします。
サイズの目安と選び方
径(太さ)の選定
- 天井下地・軽量:W3/8またはM8が多い。
- 中量級(ダクト・ラック):M8〜M10。
- 重量配管・機器サポート:M10〜M12以上(計算・メーカー指示に従う)。
選定の基本は「1本あたりの許容荷重>支持させたい荷重(自重+施工時荷重+安全率)」。吊りピッチ(支持点間隔)を調整して荷重を分散し、必要に応じて吊り増しします。許容荷重は材質・表面処理・長さ・座屈条件・ナットのかかり量などで変わるため、メーカーのカタログ値や指針に従いましょう。
長さの決め方
スラブ下から仕上げ高さまでの寸法に、ナットのかかり・金具の厚み・微調整分(余長)を加味して手配します。現場では「現合(げんごう)」でカットすることも多いので、多少長めに用意し、現場で切断・面取りして使うのが実務的です。
取付方法の基本(インサートとあと施工アンカー)
1. インサート(埋込み金具)に吊る
新築や躯体工事段階で、コンクリートにあらかじめ「インサート」を仕込んでおきます。仕上げ工事段階では、そのインサートに吊りボルトをねじ込み、ナットで高さを調整します。メリットは強度の信頼性が高く、位置出しがきれいに揃うこと。デメリットは、事前調整が必要で変更に弱い点です。
2. あと施工アンカーで吊る
改修や位置変更時には、完成したコンクリートにアンカーを打設します。主な種類は「金属拡張系(通称オールアンカー)」「接着系(ケミカルアンカー)」など。施工はメーカー手順に厳密に従い、穿孔径・穿孔深さ・清掃・打込み・締付トルクを管理します。メリットは自由度が高いこと。デメリットは施工品質のばらつきや穿孔粉じん対策が必要なことです。
施工のコツとチェックポイント
レベル出し
- レーザー墨出し器で基準レベルを出し、ナットで高さ調整。仕上がり誤差は早期に吸収。
- 吊りボルトは多数本が「面」を作るため、1〜2本のズレでも全体の歪みにつながることを意識。
ナットのかかり・締付
- ナットのかかりは最低でもねじ径分以上を目安に確保(例:M10なら10mm以上)。
- 振動や緩み対策にダブルナットやスプリングワッシャを併用。
切断と端面処理
- 現場カット後はバリ取り(面取り)を行い、ナットのかかりを良くする。
- 切断面は防錆処理(タッチアップ)を忘れない。
干渉・逃げ
- 設備・電気・内装の取り合いを事前に確認。ダクトや配管の勾配、点検口位置、照明配線に干渉しないよう計画。
- 地震時の揺れ・メンテナンススペースの「逃げ」も考慮。
注意すべき失敗例と防止策
- 規格違い(WとMの取り違え):手配時・受入時・現場支給の段階でラベル確認。金具との適合を必ず試す。
- 許容荷重の過小評価:重量機器や長スパンは「計算」「メーカー指示」「吊り増し」で安全側に。
- アンカー施工不良:穿孔清掃不足、打込み不足、トルク不足は強度不足の大敵。必ず手順書に沿う。
- レベル不良:最初の1列を基準に慎重に。途中で検測を挟み、ズレを早期に修正。
- 防錆軽視:高湿度・結露環境での無処理は錆の原因。材質・めっき選定を適正化。
関連金物・工具
組み合わせる主な金物
- Cチャン(C形鋼)・ハンガーレール:天井受けやラックの支持材。
- ハンガークランプ・パイプサドル:吊りボルトと受け材を接続。
- レベルアジャスター・ターンバックル:微小な高さ調整やテンション調整に。
- 振れ止め金具・補強ブレース:地震時の揺れ抑制。
必要な工具
- スパナ・メガネレンチ・インパクトレンチ:締付作業用。
- パイプカッター・サンダー:全ねじの切断と端面処理。
- レーザー墨出し器・スケール:位置出し・レベル確認。
- ハンマードリル・集じん機:アンカー用の穿孔・清掃。
代表的なメーカーと特徴(例)
現場でよく目にするメーカーを用途別に挙げます(地域・現場仕様により異なります)。
- ネグロス電工:電設支持材の大手。ハンガーレール、Cチャン、各種クランプ・金具が豊富で、カタログが使いやすい。
- サンコーテクノ:あと施工アンカーの代表メーカー。金属拡張系・接着系ともにラインアップが広い。
- ユニカ:アンカー類・ビスの総合メーカー。穿孔工具との組み合わせ提案が手堅い。
- 若井産業:アンカー、ビス、ファスニングの総合メーカー。現場調達しやすい規格が揃う。
- 八幡ねじ:全ねじ・ナット・座金などの締結部品を幅広く展開。小箱調達に便利。
- タナカ(旧:タナカ金属):軽量天井下地材で知られる。天井材との適合金具が揃い、トータルで組みやすい。
- 未来工業:電設資材全般。樹脂製サドルや便利金具が多数あり、吊り回りの付属品選定に強い。
メーカーごとに金具の適合規格(W/M)や推奨締付トルク、許容荷重が示されているため、混在させる場合は適合表を必ず確認しましょう。
よくある質問(Q&A)
Q1. W3/8とM10はどちらが強い?
呼び径が近いものの、ねじ規格が異なるため単純比較はできません。強度は材質・処理・有効断面・座屈条件・ナットかかり量などに左右されます。荷重計算はメーカー値を参照し、迷ったら安全側の径・支持点数で設計してください。
Q2. 室内天井でステンレスは必要?
一般的な乾燥環境の内装天井であれば、鉄+防錆めっきで十分なことが多いです。厨房、浴室周り、結露の可能性が高い場所、外気に近い環境ではステンレスや高耐食めっきを検討します。
Q3. ダブルナットは必須?
振動やゆるみが想定される場合は有効です。仕上がり後に再調整が難しい箇所や重量物では採用が安心。現場標準や監督の方針に従いましょう。
Q4. 長い吊りボルトはたわまない?
細径で長尺になると座屈・たわみのリスクが上がります。ピッチを詰める、径を上げる、中間でブレース(振れ止め)を入れるなどで対策します。
Q5. 既存スラブにアンカーを打つときの注意は?
配筋・埋設物の位置に注意し、穿孔深さ・径・清掃を適切に行います。必要に応じて配筋探査を実施し、メーカーの施工手順と品質管理(打込み・トルク)を守ってください。
現場で役立つチェックリスト
- 規格確認:WかMか、サイズは?(例:W3/8、M10)
- 材質・表面処理:屋内標準か、高耐食が必要か?
- 長さ:余長・金具厚み・調整幅を考慮したか?
- 許容荷重:荷重計算・支持ピッチ・吊り増しの判断は適切か?
- アンカー:種類・穿孔条件・施工記録は問題ないか?
- レベル:基準出し・中間検測・最終検査を実施したか?
- 緩み止め:ダブルナット・ワッシャの要否は?
- 防錆:切断面の処理、環境に応じた選定は?
初心者がつまずきやすいポイントと乗り越え方
略称の混乱(サンパチ問題)
「サンパチ」はW3/8を指すのが現場の慣習。M8と混同しないよう、手配・受入・渡しで「W/M」を声に出して確認しましょう。
図面と実際のズレ
スリーブ位置や設備ルートが変わると、吊り位置も連動して変わります。定例で取り合い確認を行い、変更が出た場合は「吊り増し」「位置補正」を即時共有します。
“とりあえず一本”の危険
仮留めの一本支持は転倒・変形のリスク。仮設でも最低限の多点支持を意識し、荷重が集中しない段取りを組みましょう。
まとめ:吊りボルトを制する者は、仕上がりを制する
吊りボルトは、天井も設備も「水平・安全・美観」を支える縁の下の力持ち。規格(W/M)、サイズ、材質、アンカー、レベル出し——この基本を丁寧に押さえるだけで、仕上がりの安定感が大きく変わります。現場では略称や独特の言い回しも多いですが、意味と背景を知ってしまえば怖くありません。まずは1本の吊りから、正しく、確実に。あなたの現場力は、そこから確実に伸びていきます。